多くの日本企業において長らく埋蔵されていた現金を、株主還元に活用する動きがすすんでいます。その代表が自社株買いです。日経新聞によれば自社株の取得設定枠(企業が開示する自社株買いの上限枠)は、2024年に前年度の2倍弱の18兆円になり、2025年も同水準だそうです。私も株式投資をしていますので株主還元はありがたいですし、この日経新聞の記事も日本企業が資本効率を重視するようになったとポジティブな論調です。
ただ、私は長らく自社株買いという行為に釈然としないものを感じています。どうもおかしい。もやもやします。自社株買いの主な目的は株価を上げることでしょう。株価が高いことはもちろん良いことです。株主は嬉しいし、敵対的なM&Aの脅威も減る。増資したときにも調達額が増えるし、既存株主の株が希釈化せずにすみます。私が自社株買いという行為で気になるのは、株価を高めようとする努力ではなくて「株価を直接上げに行く」ことです。自社株買いをしてそのまま消却すると、一株あたりの純利益 (EPS)が増えますし、自己資本利益率 (ROE)も高まるので株価はあがります。しかし私の考える株価とは次のストーリーで高まるものです。
(1) 企業が価値を作る
↓
(2) 利益が出る、もしくは将来利益が期待できる
↓
(3)株価が高くなる
企業の利益や株価という数字は、それを向上させること自体を自己目的化するのではなく、あくまでも「価値を作った結果」としての指標に活用すべきと私は思います。アスリートでも、記録を高くするためのトレーニングをしていても記録は伸びず、自らの運動の質を高めるトレーニングをすることで結果として記録が高くなる、と聞いたことがあります。数字は活用すれども、数字の奴隷になってはいけない、ということです。自社株買いでは企業価値はまったく高まっていません。流通する株数を減らすので需給バランスから1株の値段はあがるけど、企業全体の価値は高まっていない。大金を投じてもまったく価値が上がっていないのが、釈然としない理由のひとつです。
そうまでして頑張ってあげた株価は、効果が長続きしないだろう、と予想がつきます。株式市場はちょっとしたことで乱高下します。企業価値は変わらないまま無理やり吊り上げた株価は、市場の荒波にもまれるうちに、もとの価格に戻ってしまうだろうと容易に予想されます。それが納得できない理由のふたつめ。
そんなわけで自社の株を市場から買ってきて消却する、という行為は、無駄にお金を投じているように感じるのです。自社株買いに18兆円も使うのならば、そのお金で新規の製品やサービスを開発したり、社員の給料をあげたり、配当で直接株主に還元した方がよっぽど良いように思うのです。いってみれば、自社株買いは「痛み止め」のようなもの。根本治療をするのではなく、対処的に痛みを消すけれど何も治っていない。薬が切れるとまた元の症状に戻ってしまいます。
・・・と書き進めたところで、あることに気がつきました。私の腰痛です。私は先月、突如襲われた腰痛に苦しんでいました。痛いものだから腰をかばったバランスの悪い歩き方をして、それがまた腰の負担となり痛みを誘発して、と悪循環でした。私はこれまで痛み止めをほとんど使ったことがないのですが、胎内星祭りというイベントで新潟に天体写真の講演に行く仕事がありました。このままでは仕事にならない、と、痛み止めの飲み薬と湿布の力を頼ることにしました。痛み止めってすごいですね。ピタッと痛みが病み、無事に星祭りのイベントを乗り越えることができました。その後のことです。イベントが終わったから痛み止めを飲むのをやめたところ、再発すると予想された腰痛がピタッと治っていたのです。おそらく痛み止めを使ったことで、これまでの腰をかばった姿勢をやめて正しい姿勢で生活を数日できていたのでしょう。その効果で腰痛が良くなったのだと思います。
「そういういうことか」
これって自社株買いも同じことかもしれません。何らかの理由で株価が冴えないときは、株主の目や市場の声に気兼ねしてチャレンジングな取り組みができなくなることもあるます。さらには投資のためのお金を調達しようとしても株価が低くてうまくいかない。そんなとき自社株買いで痛みを止めて、高株価の効果が効いているうちにあわせて新たな挑戦をしたり、業務改善をすすめたりができるのだと思います。
単なる株価吊り上げのための自社株買いは経営者の怠慢ですが、やりたいことのために自社株買いを合わせ技ですすめるのは、私の腰痛の痛み止めと同じく意味がありそうです。これから自社株買いのニュースをみるたびに「何を狙いとしているか」注目したいと思います。

2025年9月15日
アストロライフ合同会社 代表
丹羽雅彦