ビジネス

子供の作文とAI

先週、ロジカルシンキングに苦手意識があることを白状しました。頭では理解できても、いまひとつしっくりこない、という内容です。でも、もう少し考えをすすめていくと、違う側面にも気がつきました。

最近「論理的思考とは何か(渡邉雅子著)」という本を読みました。世界にはアメリカ型のロジカルシンキング以外にも、文化によってたくさんの論理的思考の体系があり、目的によって使い分けをすることが推奨されています。思考のひとつとして日本の「感想文」が紹介されていました。著者によると日本の作文は次のように展開します。

 序論: 書く対象の背景
 本論: 書き手の経験
 結論: 体験後の感想(体験から得られた成長と今後の心構え)

これにはピンとくるものがあります。私は仕事柄、業務分析のために、お客様の会社で作成されているドキュメントを読む機会が多くあります。その中で日本の製造業の業務報告がこの形式なのです。

 <典型的な日本企業の報告書>
 背景: こんな理由で取引先の工場を見学しました。
 内容: 工場のラインはこんな様子でした。各ラインに使われている機器は〇〇です。
 所感: とても自動化がすすんでおり、自社でも導入を検討すべきと思いました。

「子供の作文」と言われてしまうものです。私もそんな風に感じていました。アメリカ流ロジカルシンキングでは「〇〇のビジネスチャンスやリスクがあるから自動化の検討をすべき。すぐにプロジェクトを発足させたい」と最初に書いて、その後の論拠として「出張で見てきた〇〇という会社では・・・」と主張を強化させるのに見聞きしたことを書きます。その違いはアメリカ流がアクションを中心に書くのに対して、日本の報告書は個人の体験と感想を中心に展開すること。これではなかなか物事が進みません。

しかし一周回って、実はこの作文が日本の企業の強みになるのでは、と思い始めています。

日本の製造業は「すり合わせ文化」といわれます。複雑な商品を製造をするために発生する各種の問題を、人によるすりあわせで解消していく。営業・設計・製造部門間においてもなんども話をしあい、すりあわせで業務をスムーズにする。欧米の製造業の方に驚かれたことの一つに、日本の設計者は作業着を着て工場で働くことがありました。そのとき話を聞いた欧州のエンジニアは綺麗なR&Dセンターから外に出て工場にいくことはなかったとのこと。「渋谷のスクランブル交差点が日本のすり合わせ文化の象徴」と言われることがあります。誰にも指示されなくても、上手に前後左右に意識を向けながら、全体が回っていく。そんなイメージがあの場では具現化されています。

すりあわせが日本の力の源泉でしたが、デジタル化の進展によりデジタルツインの中で仕事がされるようになってくると、すりあわせよりもシステム化思考の方が競争力を持つようになりました。そしてデジタル化の波に乗った中国企業があっという間に力をつけました。すりあわせているより無駄がなく、スピードが速いからです。

システム化するには、トップダウンで物事をブレークダウンし解剖学的に把握することが求められます。しかし近年のように物事が複雑化が増してくると、綺麗にブレークダウンしていくにも限界があります。またパラメータが多すぎて、何が正しいか簡単に分析できない。そんな中で、コンピューター性能の向上により、機械学習を活用したAIによるモデル化が力を発揮するようになりました。機械学習では要素ごとに分解した解をもたず、ブラックボックスで工程横断の複数のパラメータを一気に解決します。普通では解けないような最適解を短時間で導くパワーはとてつもない。また一気に解決するスコープが広がれば広がるほど解を見つけるのが難しくなるため、複雑な物事では機械学習が力を発揮します。

ここでまた新しい問題が生まれます。機械学習にはデータが必要です。また取得できるデータには限界があるので、最初に出てきた解は完璧ではなく、そのままでは使えないので人による調整が必要になるのです。とくに広い業務分野でのパラメータを一気に解こうとしたときは、設計、製造、企画、マーケティングなどさまざまな部門の人との調整が必要になります。また会社を超えた調整が必要になることもあります。システマチックにモジュール分割してから組み上げる場合と違い、最初から「ごった煮」の中で解をみつけるのですが、データが足らないので調整が必要になるのです。

ここで日本の作文力が力を発揮します。

作文の良いところは、一緒に働く人の価値観がわかり、相手の理解が進む点です。アクション中心ではなく、体験中心にまとめられた作文形式の報告書を普段から共有することで、相手がどんな人かわかり共感もできるようになります。相手を理解し共感することで、AI時代に求められたすり合わせが可能になることが期待できます。

これもAIによる社会の変化のひとつかもしれません。私たちが小学校のころから叩き込まれた感想文を書き、共有する文化が、ここにきて一気に花開く。そんな未来が近くにきている予感がします。

そんなふうになるといいな、と思いました。にわまさひこ

2025年11月10日
アストロライフ合同会社 代表
丹羽雅彦

TOP