ネットを見ていたら面白い情報に出会いました。今井むつみさんという方が紹介されていた子どもの話です。
姪っ子が3〜4歳の頃、だんだんお絵描きも上手になってきて、よく好んで動物の絵を描いていました。 ある日、鉛筆で書いたウサギ、パンダ、ライオン、トラなど数匹の動物の絵を得意げに見せてきて、 「これは”にしょく”で描いたから、次は”さんしょく”で描くんだー」 と言いました。 私は「なんで3色? 上手に描けてるから、次はもっとたくさんの色を使ったら?」と返しました。すると、姪っ子はハテナ顔を向けてきて、「だって、”さんしょく”しかないんだよ!」とのこと。 私「……? 色鉛筆なくしたの??」 姪っ子は、話の噛み合わない私にあきれた様子で、「(見せてくれた)この絵は、”にくしょく”と”そうしょく”を描いたの。でも動物には”ざっしょく”もいるんでしょ?だから”さんしょく”なんだよ」
(今井むつみ アブダクション推論と記号接地について https://www.mext.go.jp/content/20250425-mext_kyoiku01-000042196_07.pdf)
この資料では、子どもが新しい「しょく」という助数詞を創造した背景として、「遠くの分野の知識を結合して新しい知識を創造する」人間のアブダクション推論の一つの例として紹介されていました。動物を一匹、二匹と数えたり、花を一輪、二輪と数えたり、同じ種類のものに助数詞をつけてカウントするという知識と、動物には肉食、草食、雑食という種類がある、という知識を結合して、新たな概念を創造したというわけです。
子どもは経験や知識が足りないから、とくにこういった推論を駆使するのでしょう。これを聞いた時、私の娘がまだ幼稚園だったときのエピソードを思い出しました。妻と娘が、公園の土手のような斜面を登っていて、斜面に腰を下ろそうとしたときのこと。娘が不意に言ったそうです。
「こっち向きに座るとゴロゴロんって転がっちゃうから、〇〇ちゃん(自分のこと)はこっち向きに座るんだよ」
と言ってくるっと向きを変えて腰を下ろしたそうです。大人であれば何も考えずに体の向きを反対にして座るところです。しかし経験の足りない彼女は、子どもなりに斜面という場に働くメカニズムをそこに見出して、この方向のまま座ると後ろにひっくり返るという先の予想を言語化して行動していたのです。原始的な反射に頼ることなく思考によって行動する人間の原点みたいなものを感じて、とても印象に残っていました。ちなみにお約束のように、一緒にいた男の子はその横をゴロゴロと転がり落ちていき、お母さんが頭を抱えていたそうです。まったく男の子というものは・・・(笑)
私にもそんな経験がなかったかな、と古い記憶を辿ってみました。すると一つありました。おそらく小学校1年生のときだと思います。当時「ドロロンえん魔くん」という妖怪の男の子が主人公のアニメを見ていました。えん魔くんと閻魔大王の二人の存在から、私は「地獄にいる家族はエンマという姓が主流に違いない」と推測し、家人に「他にどんなエンマがいるのか?」としつこく聞いてしまい、「閻魔大王は閻魔大王だ」と呆れられた記憶があります。最後は泣きながら「なぜわからないのか?」と主張していたのを覚えています。かなりどうでも良いエピソードですが、いまも覚えていたのは、自分の論理が通じない不合理さを感じていたのかもしれません。
大人になると知識と経験がどんどん増えていくので、新たな物事に出会っても、これまでの自分の枠の中で小さく納得してしまいそうです。しかし子どもは知識と経験がない分だけ、先入観なくいろいろな方向で頭を働かせることができるのですね。この思考が創造する力の源泉なのかもしれません。創造力を発揮するためには、新しいものに触れたときに、新しい思考の枠組みを作り、そこから新たな知見を得ること。つまり
子どものように考える!
意識したいものです。

2026年4月13日
アストロライフ合同会社 代表
丹羽雅彦