ビジネス

私たちは目の前の小さな合理化に弱い – 局所解にトラップされないで

昨年末に原子力発電所の安全審査での不正が発覚したというニュースが流れました。昨年は自動車会社の不正も相次ぎました。小さな頃から「インチキはいけないよ」と何度も習ってきているのにそれでも起きてしまいます。誰も不正をしたくてやった人はいません。大きな視点でみると会社にマイナスのインパクトを与えますし、社会にためにもならない。ましてや個人で不正を働くのはリスクばかり高くて得することは何もないのです。だけどやってしまう。どうしてこういうことが起きるのでしょう。組織的な不正、場を支配する空気感、いろいろな理由が想定されます。なかでも私が思う一番の理由は・・・

 「人は目の前の小さな合理化に弱い」

です。

全体の合理性を考えると明らかに損だけど、安易な方法でいまだけやり過ごしてしまおう、という力は予想を超えて大きいものなんだと思います。全然違う例ですが以前にこんなことがあったのを思い出しました。あるときお客様から「打ち合わせの時間を明日の午前中に変更してほしい」と依頼がありました。プロジェクトの日常的な打ち合わせです。プロジェクトメンバーに「明日の朝でも良い?」と聞いたところ、一瞬の間をおいて「いいですよ」とのこと。私は違和感があったので「何か予定があったのでは?」と聞くと、「実は明日は子供の運動会なんですが、まあ仕事を優先します」とのことでした。これがまさに目の前の小さな合理化に負けたことです。私はちょっと強めにこう言ったのを覚えています。

「明日の打ち合わせに〇〇さんが参加しなかったことは、来月になれば誰も覚えていない。だけど〇〇さんのお子さんは、父親が運動会に来てくれなかったことを、一生覚えているぞー」

私が興奮気味に言ったのは、私の人生でもこんなことがたくさんあったのです。会社の都合でシステム納入が早くなったので仕方なくキャンセルした30年前の妻とのイタリア旅行。当時は仕事優先でキャンセルもやむなしと思っていましたが、今思えば、私の不在がそのシステム納入に与える影響なんて大してないし、そもそもそんなシステムをいまや誰も使っていません。けれども妻とのイタリア旅行は30年経ったいまもまだ実現していません。

エスカレーターの2列問題も同じ気がします。みんな1列空けるより2列で乗る方が全体効率が良いことを知っています。以前のこと。成田空港でスーツケースをもった人がエスカレーター待ちで長蛇の列になっていました。エスカレーターは一列空いている。みんな大きなスーツケースを持っていてエスカレーターを歩くことはできないので、1列空ける意味はありません。スーツケースは前に持った方がよいですが、前の人の空いているところにおけば2列で乗ることはできます。でも1列まるまる空いている。「馬鹿らしいなあ」と思いながら、だけど割り込みに見えるから私も長蛇の列に並んでいました。そしていざ自分の番になったらやっぱり横を空けてしまうのです。いま自分ひとりだけで2列で乗っても、全体は1列のままだからに大した効果はもたらさない。「じゃあ、いいか」と私も1列空けに加担してしまいました。

これと冒頭の原子力発電所の不正と何の関係があるんだ?と思われるかもしれませんが、私の目には同じ事象に写ります。目の前のちょっと楽な解を選択して、ちょっとだけ面倒な全体の効率化は見てみぬふりをする。頭ではわかっていても、変えることができないのです。

これは機械学習での局所解へのトラップと似ています。全体最適をめざしたくても局所的な解で袋小路に入ってしまう。機械学習では複数のデータセットで試すなど局所解を避ける手法がいろいろあります。では人の活動で局所解に陥らないためにはどうしたらよいのでしょう。個人では難しい気がします。個人の責任にしてしまうと、自分のせいにしたくないので不正をするし面倒を避ける。そうではなくて、安易な道を選ぼうとするときに待ったをかけて、一見、遠回りでもより良い道を探る。もやもやしている人がいたらその意見を拾う。機械学習で複数のデータセットを持つように、人の多様性を受容する。こんなチームを率いるリーダーを増やしたいと思って、私は当事者研究の社会への浸透に努力しています。当事者研究ではそんなチームを「高信頼組織」よりよくする組織文化を「研究文化」といいます。

2026年1月19日
アストロライフ合同会社 代表
丹羽雅彦

TOP