自動車を保有している人には毎年恒例のイベントがあります。自動車保険の更新です。私もその季節がやってきました。気合いが入っているときは、保険会社の変更の見積もりをしたり内容の見直しをしたりしています。そのとき頭を悩ませるのが車両保険です。今回の自動車保険の更新で、あらためて保険に対していろいろ考えてみました。
保険は個人で負えないリスクが対象
保険とは個人では許容できないリスクを引き受けてもらうサービスですよね。たとえば自動車保険では、対人のリスクは個人では負えないため無制限で入ります。ところが車両保険の場合、新車であればノーチョイスで入る車両保険ですが、私の車は8年目。設定できる車両保険の金額はだんだん低くなっており、保険ではなく自分で支払うことも許容できる額になってきています。そこで頭を悩ますわけです。
あらためて保険のメカニズムを考えてみると、依頼元の個人と引受先の保険会社ではリスクの発生するしくみが異なります。個人は事象の発生数が少ないので、起きるか起きないかのばらつきがとても大きい。事象がすぐに起きてしまうかもしれないし、ずっと起きないのかもしれない。だから保険に加入しないことは、ある種の「博打」になります。一方で保険会社は引受先が多いので事象は必ずおきます。リスクはその発生頻度だけ。そのため、どれくらい発生するかを読む「統計」の話になります。車両保険でいうと私の所有する車は1台ですが、保険会社は数百万台、数千万台が対象なので毎日事故が起きており、その事象の発生頻度の読みだけがリスクになるわけです。
保険はビジネスなので、トータルで考えると保険会社が儲かるように保険料率が設定されています。だから個人としては多く場合、金銭の収支だけを考えると負けてしまいますが、何かあったときにリスクをまかなえないのでその機能に期待して保険に入るわけです。とはいえ何かあって保険金をもらうことが嬉しくないのも、切ない点です。保険にお得はありません。
以前に大手レンタカー会社の社員の方にお聞きした話では、レンタカー会社は車両に保険をかけていないそうです。10万台以上の車両を保有しているので、保険会社に頼らなくても自ら保険会社のような役割を担うことができるからです。勝てる保険ビジネスを自社向けに内製化しているわけですね。
そう考えていくと、実は個人でも自分のために保険会社のような役割をする方法があります。
個人が自分自身の保険会社になる
事象のN数を増やすことができれば、個人が自分自身の保険会社のような役割を担うことができます。車両保険を例に考えてみます。
車の保有台数が1台の場合、1年の車両保険ではN=1です。1台の車が1年間に事故が起きるか起きないか。これではまだ博打です。しかし車はこれからもずっと運転します。これから20年運転をすると範囲を広げると、N=20に広がります。でもこれではまだ保険会社としてのリスク分散には足りない。
車両保険で実際の補償に使われるのは、数十万円が中心だと思います。ここでは少し金額の範囲を広げて数万円から数十万円の補償を考えてみます。そうすると意外とそれくらいの補償を期待して入った保険が身の回りにあることに気が付きます。
- 医療保険(高額療養費制度があるので、毎月の医療費は上限がある)
- Apple Careなどのスマホ保険
- 旅行保険
- 家電の保証延長
- 保険に期待してはいったゴールドクレジットカード
ざっと考えただけでもこれくらい出てきます。まだありそうです。これらは皆「破産するほどの金額ではないが、やっていくると手痛い」くらいの事象を対象にしています。そう考えると車両保険と本質は同じです。これらを別々の事象ととらえず、すべて同じ種類の事象とみなすと、事象のN数が一気に広がります。つまり見た目は違うけれど「全部ちょっと手痛い同じ事象」と同じものと見立てるのです。そして、それを一つの「ちょっと痛い保険」という保険商品でカバーする考えてみる。たとえば対象の種類を5倍、期間を20年とするとN=100になります。ここで、これらの保険を一気にやめてみるわけです。そうすると払わなくてすんだ保険金が手元にもどり、自分自身が設定した「ちょっと痛い保険」の保険料に充足できます。もともとの保険料は保険会社が損をしない料率に設定してあります。だけれど、個人でもN=100であれば十分成立する量になりそうです。つまり自分で保険の内製化が可能になるわけです。
事象発生頻度を考慮した保険の見積もり精度は、√Nに比例します。そのためN=100の精度を2倍にするにはN=400、さらに倍にするにはN=1600が必要になります。個人ではだんだん頭打ちになる数字です。N=100くらいを目指すの合理的に思います(余談ですが、この√Nという数字は、天体写真家としての私がいつも直面している数字です。天体写真はノイズの中からシグナルを探す行為です。ノイズはランダム事象ですのでやはり√Nに比例します。シグナル-ノイズの比を倍にするには、露光時間を1時間、4時間、16時間と指数関数的に上げる必要があります)。
途中でへこたれてやめない
ひとつ重要なポイントがあります。途中でスマホを壊すなどして数万円を払う羽目になったとき、へこたれてしまって「やっぱり保険にこれから入ろう」とならないことです。そうすると今回の計画が破綻してしまいます。例えば上記の計算の前提は20年、保険に加入しないことを条件にしています。20年の途中で事象が起きることは想定されていて、その後にも自分保険で継続することを前提にしています。それでリスクが分散されるわけです。もし、へこたれて途中で保険に入ってしまうと、勝てるビジネスにならないのです。
企業で応用できるか?
思えば企業でも「失敗したときに備えた保険」を何重にもかけています。例えば私はシステム開発のプロジェクトに数多く参画してきました。システム開発の現場でもコンティンジェンシープランといって、失敗したときのリスクヘッジを何重にもしています。しかし多くの場合は発動せずに終わっています。こういったリスクを複数のプロジェクト間でシェアすればかなり安上がりにできそうです。つまりリスクヘッジを手厚くせず安上がりにする代わりに、複数のプロジェクトでの失敗コストをシェアするわけです。また新製品開発プロジェクトでも開発ラインナップの数を増やしておけば、成功するものもあれば失敗するものもあり、一発勝負を避けられてある程度のリスクを許容できそうです。
ただ企業で応用する場合にはいくつか困難が予想されます。ひとつは事象間に因果関係がある場合。たとえば新製品開発プロジェクトでは同時期のプロジェクトは景気の影響を同時に受けます。このようにプロジェクト間が完全に独立事象ではなく、同じ原因で失敗の確率が上がる場合の注意は必要ですね。リーマンショックのときに金融機関が許容できるリスクを超えて破綻したのも、このような現象が起きていました。
もう一つは部門間の評価です。会社全体ではリスクのシェアと考えても、当事者は「なぜあそこの部門の失敗を我々がフォローしないといけないのだ?」という議論にもなります。また他部門に依存するモラルの話も起きそう。組織設計の工夫や助け合い文化の醸成は必須です。
・・・といいつつ
じゃあ、個人での保険の内製化をやってみようとはり切っていますが、この話、実はひとつ例外があります。自分が統計の外れ値の場合です。私は結構な割合でiPhoneの液晶を割ってしまいます。とても気をつけているつもりですが、やってしまう。そうするとAppleが想定している統計上の数字から外れ値でなくなり、保険料の元が取れる。つまりiPhoneの保険で、Apple Careには入ってもAppleに勝つことができるのです。
本当に勝っているのか?これ。ぜんぜん嬉しくないぞ。

2026年8月24日
アストロライフ合同会社 代表
丹羽雅彦