とっても面白い本を読みました。「方舟(夕木春央 著)」というミステリーです。あまりに面白すぎて夜更かしをしてしまい、さらには夜中に目が覚めた時にそのあと寝られなくなりました。真夜中にその衝撃を思い出したのです。そもそも方舟という作品がとても面白いということはもちろんありますが、もう一つは紙の本であったことも影響しているように思います。
私はこの10年以上、ほとんどの本を電子書籍で読んでいます。そんな私が今回は紙の本を手に取った理由は、前職を退職する時に開いてくれた送別会のときのこと「丹羽さんに読ませたい本を持ってこよう」という企画をしてくださったからです。いま私の手元に数十冊の紙の本があります。
紙の本での読書体験
積まれて机を占拠している本たちはとっても存在感があります。電子書籍にはサンプルダウンロードという機能があるのですが、ダウンロードしっぱなしで私がその本を開くことはあまりありません。しかし紙の本ではどの本もが「次は私を読め」と主張しているようで、ちょっとした時にふと手に取ることになります。雑読・乱読を自認している私ですが実際のところは理工書、人文書、社会科学書などの学術書や解説書が多めで、小説はほとんど読みません。ミステリーに至っては人生で数えるほど。ミステリーに耐性のない私が読んだので、面白さがさらに倍だったかもしれません。ちなみにこの本の前に送別会ライブラリーから読んだのは、「無人島のふたり(山本文緒 著)」という作家のエッセイで、やっぱり感じるものがありました。普段は読まないジャンルの、それも各々が珠玉の一冊を持ち寄ったものなので、しばらく楽しめそうです。
私が電子書籍を読む時は、専用のリーダーやiPad使うこともありますが、ほとんどをiPhoneで読みます。たくさんの情報が手元にあふれるiPhoneと違って、紙の本は目に入る情報が本の文字だけ。「いらない情報がない」というのもメリットのひとつでした。没頭できるのです。スマホはあの手この手で私の集中力を奪いにきます。紙の本ではその戦いにリソースを割くことなく、力を思う存分読むことに使えるのも、良い点のひとつと思います。
またよく言われる本の手触りも無視できません。「どれくらい読んだかな?」と読んだ部分の厚みを見ながら、読み進めていく感覚は久しぶりでした。先日コラムに書いたように触覚は記憶に残りやすいのです。これからも読書は電子書籍が中心となりそうです。だけど紙の本には単なる情報収集を超えた読書の楽しみを強化してくれる効果がありました。
そんなことを考えていると、読書と並ぶ趣味の二台巨頭である音楽鑑賞にも動きがあることに気がつきました。
CDの売上枚数を超えたアナログレコード
2024年の時点で米国では3年連続でアナログレコードの売上枚数がCDの枚数を上回ったそうです。ストリーミングの売り上げが全体の84%でその優位は揺るがないものの、アナログレコードが復活してきています。この現象は日本にいても感じます。私はロックミュージシャンの佐野元春のコアなファンで、年間にライブに6、7回行っています。その佐野元春も近年は勢力的に新譜をアナログレコードでもリリースしています。カッティングなどアナログレコード専用の工程も多く、専門のエンジニアと何度も調整もしている様がインタビューでも聞こえてきました。
私が感じるアナログレコードの魅力は、曲と曲の間(ま)にあります。CDやストリーミングでは曲間は無音、もしくは間髪いれず次の曲がはじまりますが、アナログレコードですと無音ではなく、独特の間(ま)というか空気感を感じられるのです。また紙のジャケットも魅力です。高校生のころ、アナログレコードからCDになったときに一番残念だったのはアルバムジャケットがいまひとつ鑑賞できなくなったこと。アルバムジャケットはアート作品です。CDのプラスチックケースに入れられたペラペラの紙では、アルバムの持つ雰囲気や魅力が半減したように感じたのです。普段はストリーミングで聞く音楽。だけど物として持つなら、CDではなくアナログレコードにしよう、となったのは自然な気がします。
残念ながら紙の本とは違ってアナログレコードは自宅への導入が簡単ではないので、私はもっぱらレコードを聴けるバーで堪能しています。それでもずいぶん楽しむことができます。
デジタルの世界からはもう後戻りはできないけれど、旅のお供の小説だったり、外出先で楽しむアナログレコードだったり、アナログ世界を楽しむのはちょっとした贅沢としてまだまだ楽しめそうです。

2026年2月2日
アストロライフ合同会社 代表
丹羽雅彦